新書市場の拡大と飽和状態は、出版界の縮図のようなもの!?

最近、大きな本屋さんを見て歩いていると、新書売り場のあまりの広さと、その点数の多さに驚く。昔は、新書といえば、地味で堅いイメージがあり、売り場も広くなかったし、そんなにメインの場所にはなかった。


ところが、2003年に発売された『バカの壁養老孟司新潮新書)が、400万部を超える記録的なベストセラーとなったのをきっかけに、単行本より価格が安く、手軽に読める新書は売れるということで、出版点数が急増し、新たに新書に参入しようという出版社も後を絶たない。


新書といえば、岩波新書を始めとする、いわゆる「教養新書」と呼ばれるジャンルを指し、学術的な内容を入門者向けにやさしくまとめたものというイメージだったが、最近では、趣味や実用書的なものや文化人やタレントが書いたエッセイなど、ライトなイメージのものも増えている。


同じ出版社でも、内容によってレーベルを分けるようにもなり、昨年2007年には新書の種類は、なんと60レーベルに増え、年間の新書出版点数は1448点にのぼった。毎月平均120点の新書が出版されたことになる。


確かに一昨年、2006年のベストセラーには、1位の「国家の品格」を筆頭に、6位「人は見た目が9割」竹内一郎(新潮社)、13位「超バカの壁養老孟司(新潮社)、17位「下流社会三浦展(光文社)、19位「世界の日本人ジョーク集」早坂隆(中央公論新社)などが並び、上位30位のうち11点が新書だった。


昨年も引き続き新書ブームは衰えず、2007年のベストセラーには、1位「女性の品格」坂東眞理子PHP研究所)、4位「日本人のしきたり」飯倉晴武編著(青春出版社)、11位「国家の品格藤原正彦(新潮社)、17位「いつまでもデブと思うなよ」岡田斗司夫(新潮社)、18位「生物と無生物のあいだ福岡伸一講談社)、19位「世界の日本人ジョーク集」早坂隆(中央公論新社)が入り、上位20位のうち6点が新書だった。


ところが、今年2008年の上半期のベストセラーでは、新書は2位「女性の品格」坂東眞理子PHP研究所)、4位「親の品格」坂東眞理子PHP研究所)、16位「大人の見識」阿川弘之(新潮社)の3点に減り、それも昨年からの品格本ブームの流れのものという結果に(ノベルス、実用新書は除く)。


さらに4月期の月間ベストセラーでは、6位に「女性の品格」、8位「親の品格」と、20位中に2点しか入っていない(ここまでは取次最大手トーハン調べ)。


ちなみに、有隣堂全店調べの5月の月間ベストセラーでは、8位に「女性は『話し方』で9割変わる」福田健(経済界)、12位 「ルポ 貧困大国アメリカ」 堤未果 (岩波書店) 、13位「不機嫌な職場 (なぜ社員同士で協力できないのか)」高橋克徳(講談社) 、18位「脳と気持ちの整理術 (意欲・実行・解決力を高める)」築山節(日本放送出版協会)と20位中4点が新書。


ジュンク堂書店の25日付(22時30分)のベストセラーには、3位「悩む力」姜尚中集英社)、7位「察知力」中村俊輔幻冬舎)の2点しか、20位以内にランクインしていない。


その「悩む力」は20日朝日新聞の朝刊で単独で全5段広告が出ており、文教堂丸善三省堂書店紀伊国屋梅田本店、トーハンなどの新書部門で週間での1位(2位も1店)獲得実績が掲載されていたが、この時点で10万部突破という表記。


一方、「察知力」のほうも25日付朝日新聞朝刊で幻冬舎の全面広告中に、中村俊輔の写真入りで半5段広告が。こちらは13万部突破の文字が(ちなみに、もう1点の半5段広告は武田邦彦著の「偽善エコロジー」で、こちらは6万部突破)。


10万部と13万部というのは、新書としては確かにベストセラーだと思うが、これだけの広告を打つ出版社イチオシで、今一番売れている新書がこの位の数字だということは、昨年、一昨年の新書ブームのときの勢いは失われていると見ていいだろう。


同じ取次や書店のランキングで比較しているわけではないし、全体のデータを見れるわけではないので、あくまでも想像の範囲だが、新書の売行きが総体的ににぶっており、ベストセラーが出にくくなっているのは確かだと思う。


大書店の新書売り場で思ったのだが、これだけたくさんの新書が並んでいると、どこから探したらいいのかというのが正直な感想だ。


文庫はまだ、表紙がそれぞれ違うので、眺めていても変化があるが、新書はその点、各社デザインは違っても、ほとんど文字がメインのシンプルなつくりなので、手に取ってみる意欲がわいてこない。これでは、広告や書評を見たり、ベストセラーランキングを見て、指名買いするしかないだろう。


本来なら、新書というのはある程度の期間、書店の棚に置かれ、じわじわと売れていくものであったと思うが、今の出版ペースは、ワンテーママガジンのような、雑誌のサイクルに近い。


一人の作家や一つのテーマのものが売れると、似たようなものがすぐ、何点も立て続けに出版される。新書は文章量も少なくてすむし、パッケージも決まっているので、制作期間も短く、コスト的にも安くできる。一番手の後追いはしやすいと思うが、この出版ペースでは、2番手以降の新書は書店の中ですぐに埋もれてしまい、限られたスペースからはみ出てしまうのも早いだろう。


昔から、出版界には2匹目、3匹目のドジョウはうようよいて、けっこう2番手、3番手のほうが、売れてしまうことも多いと聞いているが、今はドジョウが10匹も20匹もいる感じだ。


DTPなどによる印刷工程の短縮化やコスト低減により、出版までのスピードは格段に短くなっているという(以前なら、3〜4ヶ月かかっていたことを、今は1ヶ月もかからないでできると聞いている)。


そして、紀伊国屋書店のパブラインやアマゾンのランキングなどで、今、どんなジャンルのどんな作家が売れ始めているかが瞬時にわかるようになった。


以前なら、売れているというデータが上がってくるまでには、何ヶ月もタイムラグがあった。書店の店頭での動きを営業マンが足でリサーチしてきたデータをもとに、企画が検討されたりした。


それが、時間単位のランキングによって、デスクに居ながらにして正確なデータを簡単に知ることができるようになった(作り手にとっては、早くて正確であればいいというわけではないし、それをそのまま参考にすればいいというわけではないと思うが)。


どの出版社もベストセラーは出したいし、返品率も下げたい。データを基準にした、リスクを最小限に抑えた、堅い企画(本当に売れるかどうかは別)を優先するのはしょうがないことだと思うが、そのため、売れている著者の類書や、売れている本の類似企画が出るスピードに加速度がついている。


しかし、読者は同じ読むなら、確実に売れている本のほうがハズレがないということで、ランキング1位の本か、一番売れている著者の類書を買う。これだけ、同じような本が出ていれば、これは当然の選択法だし、何冊も買えない読者の防衛策だと思う。


その結果、売れる本と売れない本の格差はどんどん広がる。そして、売れていた本や売れていた作家の本でさえ、瞬間風速的に話題になりベストセラーになるが、よってたかってメディアに消費されることで、飽きられるのも早くなり、寿命がどんどん短くなっていく。


2003年から始まった新書市場の拡大と飽和状態の行き着く先は、出版界全体が繰り返している負の循環そのもので、出版界の縮図がそこにあると言っても言いすぎではないだろう。


つい調子にのって勝手なことを書いてしまったが、書店で売れない売れないと言われている本があふれている状態を見れば見るほど、
せっかく面白い本かもしれないのに、読者と出会うことなく消えていく本が多くて、もったいないなあと思うと同時に、いろいろな疑問がわいてくるのが正直な感想だ。