「好きな本を、本屋さんで買えなくなる日」がやって来ないように、今できること


昨日(22日)は、用事があって、東急田園都市線青葉台駅に久しぶりに降りた。


帰り道に気がつくと、駅近くにあった文教堂書店青葉台駅前店の明かりが消え、ガラスには2月15日で閉店したことを知らせる貼り紙が。そういえば、1月の業界紙新文化」で、文教堂書店の閉店計画と希望者退職者のニュースがあったことを思い出した。


記事によると、1月16日の取締役会で、今期の閉店計画を14店舗から32店舗に増やし、100人の希望退職者を募集することを決めたという。


文教堂書店というと、東急田園都市線の溝ノ口本店を皮切りに、東急沿線を中心に神奈川県から関東中心に出店、現在は北海道から奈良県まで、214店(08年8月31日現在・HPによると)を展開、店舗数・売場面積ともに全国の約3%を占める日本最大の書店チェーンに成長した。94年(平成6年)には、店頭市場(現ジャスダック)に株式公開し、その後、首都圏に展開するブックストア談もグループ傘下におく、一時は郊外型書店を積極的に出店して急成長をとげた書店チェーンである。


文教堂青葉台駅前店というと、駅から徒歩1分の好立地にあり、当初は東急線沿線を中心に店舗展開していった同書店の旗艦店のひとつだった店だろう。年中無休だった、その店の明かりが消えているのを見るのは、とても寂しい気持ちがした。


ちなみに、新しくできた駅に隣接しているビルには、ブックファースト青葉台店があり、昨日も多くの来店客で賑わっていた。ブックファーストは昨年の11月6日の新宿店オープンに続き、12月6日には、吉祥寺の弘栄堂書店跡に開店するなど、積極的に店舗展開をすすめる店との明暗を垣間見ることができる光景だった(ブックファーストは、書店地図の要所を押さえ、その立地にあった品揃えと店舗づくりができる、今一番元気な書店として、改めて触れたいと思っている)。


また、小田光雄氏によって毎月更新されている「出版状況クロニクル」では詳細なデータにより、出版流通を巡る最新事情を分析しているが、


◎出版状況クロニクル9(2008年12月26日〜2009年1月25日)http://www.ronso.co.jp/netcontents/chronicle/chronicle.htmlでも、

文教堂GHDは09年8月までに郊外型の不採算店32店を閉鎖し、全従業員の2割に当たる100人の希望退職を募集。


現在の店舗数はホビー用品も含めて175店であるが、02年には225店だったから、今回のリストラも含めれば、この7年間で100店以上が閉店したことになる。文教堂は80年代の郊外型書店の代表格だったが、21世紀型の複合型大書店との競合に対応できなかったと考えていい。それはTSUTAYAやゲオの古い店舗も例外ではないだろう。

と解説されている。


この「出版状況クロニクル」を書かれている小田光雄氏の著者は、今の出版流通を考える上では、一度は目を通すことが必須なテキストのようなもので、私も読ませていただいた。


ほんやまにあの書店巡回日誌−4・小田光雄著“出版状況論三部作”を読むhttp://d.hatena.ne.jp/dragon8/20080617/1213716769


また出版業界においてネット上で、出版について発言、提言している数少ない1人である、仲俣氏の人気ブログ「海難記」で、連続して『「出版敗戦」後を構想する必要』と題した、読み応えのある現状分析と興味深い提言をアップされている。


◎「出版敗戦」後を構想する必要(海難記)http://d.hatena.ne.jp/solar/20090218#p1


昨年12月に開かれた、出版四団体でつくる出版流通改善協議会の再販関連説明会の席上で、書協副理事長であり、筑摩書房・菊池明郎社長が「書店を支援するために、買切り商品の書店マージンを上げて時限再販制を適用してはどうか」。そして「出版社も書店も責任販売の意識をもち、新たなビジネスモデルを構築すべき」と提案した。


今までやろうとしてもできなかった、出版社、取次会社、書店の業界的なコンセンサスを取りつけ、再販制を全廃するのではなくて、それを選択できる部分再販への移行。そして、買切りや時限再販を書籍ごとに自由に選択できる、柔軟性のある流通システムの構築が1日も早く実現することを願っている。


◎新書バブルの崩壊〜続・「出版敗戦」後を構想する必要(海難記)
http://d.hatena.ne.jp/solar/20090220#p1


昨年6月に、「新書市場の拡大と飽和状態は、出版界の縮図のようなもの!?」http://d.hatena.ne.jp/dragon8/20080625/1214409138というエントリを書いたときには、ここまで急激な変化が訪れるとは思っていなかったが、日販の書店売上調査・1月期の新書が対前年比20.8%減、というのは、予想をはるかに超える急激な落ち込み具合だ。


2007年のトップ20(トーハン調べ)の中に新書は、1位に坂東眞理子『女性の品格』(PHP新書)240万部、4位に飯倉晴武編著『日本人のしきたり』(青春新書)89万部が、11位には06年の1位、藤原正彦国家の品格』(新潮新書)261万部、がランクインし、そのほか、岡田斗司夫『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)47万部、や、福岡伸一生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)45万部、早坂隆『世界の日本人ジョーク集』(中公新書ラクレ)74.8万部など、20位中に6作が入っていた。


それに比べて2008年のトップ20には、坂東眞理子『女性の品格』(PHP研究所)72万832部、坂東眞理子『親の品格』(PHP研究所)54万5439部、そして、姜尚中『悩む力』(集英社)39万4103部の3冊しか入っていない(2008/1/7付〜2008/11/24付オリコン調べの推定販売部数)。


「悩む力」の著者、姜尚中氏はテレビのコメンテーターとして人気も高く、その後部数を伸ばし、先週までに累計617,883部になっているが、それでも2007年のトップ3には遠く及ばない。以前なら、売れはじめた本の売行きに加速度をつけることができた全5段や半5段の新聞広告の力も、新聞のパワー低下とともに、その力を失ってきた。


せっかく拡大した新書市場になだれをうって参入した出版社は、その市場を自らの手でコントロールできずに、逆に縮小への道に追い込んだしまったようだ。


新書や文庫は、仲俣氏が提案しているように、雑誌扱いにし、ペーパーバック化して、その上である時期から再販をはずせるようにしてはどうかという案には賛成である。ただ、その一方でロングセラーとしても売れる基本書籍的なラインナップについては、従来の「教養新書」的なシリーズや古典的なシリーズなど、別なかたちですみわけできるといいと思う(この場合、1冊あたりの定価は上げてもいいかと思う)。


売れ筋の新書のラインナップを揃えるために、以前なら刊行を見合わせたような内容の新書を刊行したり、1冊売れた作家や書き手に、短期間での執筆を強いて刊行したりすることは、自分で自分の首をしめるようなもので、従来の編集スタイル、刊行サイクルというのを取り戻すべきだと思う。


ところが、出版社の事情として、自社だけそのゴールなきレースに乗り遅れるわけにはいかない事情がある。


それは、ここで指摘するまでもない、再販、委託制のもとでは、その本が利益を出せるかどうかの結果はすぐ出ない。その結果が出るまでに、言ってみれば「出してみなきゃわからない、一発当たればチャラになる」ようなベストセラーがいつか出ることを目指して、売れそうな本をできるだけ多く市場に出し続ける、自転車操業を続けるしかない。


再販、委託制度の見直しによって、業界内のルールを変え、横並びで「いっせいのせい」で止めなければ、この自転車操業は止められない。しかしその一方で、急に止めたときの痛みというのは当然あるわけで、それに耐えていけるだけの力があるかどうかは、本当の意味での出版社の総合力が試されることになるだろう。


また、仲俣氏が提案する、公共図書館を出版再生のひとつのツールとして、地域の書店と組み合わせて、もっと積極的に活用していくことや、公共図書館での本の販売など、検討していく意義があるアイデアだと思うが、今の仕組みの中では、誰が旗を振って、どこへどう導いていくのかという難問は多いだろう。


そこで、仲俣氏がいうところの、

いずれにしても、公共セクションがなんらかのかたちで本の流通プロセスにかかわれる仕組みをつくらないと、いまのままでは書店も出版社も、ただただ苦しくなっていくばかりだと思う。ことに地方の書店の疲弊は深刻なのではないか。出版界にこそ、いまは一種の「ニューディール政策」が必要なのだと思う

という意見にいきつくのは、私も同感である。


しかし、業界的なルールの改正や流通システムの変更というのは、買切り制ひとつ取っても、個々の商品で実験はしてみるものの、その後、それが広がっていかなかったように、今の話し合いのメンバーでは、相当時間がかることは目に見えている。今の書籍協会とか雑誌協会とか、取次協会や日書連という大きな団体を超えた論議が盛り上がることを期待したい。


その一方で、そのような業界的な変革が現実に始まるまでは、個々の書店は今のシステムの中でいかに、売上げを落とさず、新たな客を呼び込むための努力をしていくしかない。


私のような一読者であり、一顧客の立場としては、仲俣氏も言うように、できるだけ近くの書店を始めとするリアル書店で本や雑誌を買うこと。そして、その本の面白さや、本を読むことの素晴らしさ、そして、本屋さんで本を選び、買うことの楽しさを、微力ながら広く伝えていくしかないと思っている。


オリノコ河水源の探検:紀伊國屋書店の出版流通に対する見解http://bookstore.g.hatena.ne.jp/worris/20090214/1234635214


2010年新卒採用ページの会社要綱に載っている文章で、出版の現状を知るためのわかりやすい解説になっているが、オリノコ河水源の探検さんがコメントしているように、意見的な要素も入っているところが面白い。